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Gynecologic Oncology today 創刊号

​第60回日本癌治療学会学術集会:婦人科がんトピックス

OWS34-4 HPVワクチン積極的勧奨差し控えによる子宮頸がんリスクの上昇は低減できるのか

上田 豊 先生(大阪大学大学院医学系研究科 産科学婦人科学教室)

更新日:2022年12月20日

 本邦におけるHPVワクチンの接種率は、1994年度生まれから99年度生まれの接種世代では約8割に迫っていたのに対し、厚生労働省が積極的勧奨の一時差し控えを発表したことで2000年度生まれは約14%に激減、2001年度以降に生まれた世代ではほぼ0%に近い状況に陥った。この生まれ年度による接種率の違いの子宮頸がん検診の細胞診異常率への影響を、24の自治体(人口規模約1,315万人)から入手したデータで検討した結果、接種世代における20歳時の細胞診異常率は、93年度以前生まれのワクチン導入前世代における上昇傾向から予想される率より低く、ワクチンの効果が示唆された。しかし、2000年度生まれの女性(接種率10.2%)の20歳時の細胞診異常率は約5%で、接種世代より有意に約1%上昇し、導入前世代の上昇傾向から予想される異常率と同等になっていた。
 

 この1%の差が実際にもたらす子宮頸がんの超過の罹患数と死亡数を推計すると、2000年度生まれでそれぞれ3,651人と904人、2001年度生まれが4,466人と1,103人、2002年度生まれが4,645人と1,150人と年々増加していき、2000~2005年度生まれのワクチン接種停止世代全体でみると合計約27,000人の超過罹患と約6,600人の超過死亡が発生すると推測された。
 

 我々は2018年度に、この積極的勧奨差し控えによる負の影響を軽減するために求められる方策の提言を行った。まず、積極的勧奨の再開の必要性と、キャッチアップ接種の必要性を訴えた。これらについては、2022年度から積極的勧奨の再開とキャッチアップ接種が開始されたため、政策上達成できたと言える。また定期接種プログラムにおける9価ワクチンの定期接種への導入や男子への定期接種の必要性、およびワクチンの再普及に関する課題も指摘した。
 

 9価ワクチンの定期接種への導入や男子の定期接種化については厚労省での審議が進んできているが、ワクチンの再普及には大きな課題が残っている。2020年度に全国の自治体がワクチン対象者に対し個別案内の通知を送付した。その効果を推測するため、大阪府下の自治体から入手したデータをもとに累積の初回接種率を生まれ年度ごとに計算したところ、2004年度生まれが10.1%、2005年度生まれが5.0%、2006年度生まれが3.3%となっており、個別案内の一定の効果が得られたことが分かった。2021年度も仮に2020年度と同程度の接種率が得られたと仮定した場合、2005年度生まれは14%に達し、2006年度生まれは7.6%に上昇するであろうと推測された。2022年度は、積極的勧奨の再開とキャッチアップ接種が開始されていなかった場合でも個別案内により約19%程度には上昇すると予想された。
 

 現在、積極的勧奨の下で行われている定期接種やキャッチアップ接種の接種率を予測するために、定期接種対象年齢の女子を持つ母親とキャッチアップ接種の対象者本人に対し接種意向に関するインターネット調査を実施したところ、いずれも接種意向は3割程度であった。
 

 そこで、定期接種およびキャッチアップ接種の接種率が3割程度に達した場合に、子宮頸がんリスクがどの程度低減されるかをシミュレーションした。まず、積極的勧奨の再開とキャッチアップ接種が開始されておらず、個別案内の通知だけと仮定した予想接種率19%の場合、1999年度生まれのワクチン接種世代と比べた子宮頸がんの超過罹患は24,518人、超過死亡は6,523人であるが、仮に2022~2024年度の3年間で接種率が30%に上昇すると、超過罹患は約5,000人減って19,514人に、超過死亡は約1,300人減って5,192人に抑制される。だがもし接種率が初年度に一気に30%に上昇すれば、超過罹患はさらに減り15,444人に、超過死亡は4,109人に抑えられることから、いかに初年度の接種率を上昇させるかが非常に重要と考えられた。
 

 接種世代と同程度の罹患数と死亡数に下げるためには、一体どの程度の接種率が必要かをシミュレーションした結果、初年度でトータル90%の接種率に達する必要があることが示された。非常に高い数値であるが、これを目標にワクチンの再普及を推進しなければならない。
 

 以上のように、将来における子宮頸がんの罹患および死亡リスクは、生まれ年度に依存する実態があり、ワクチン停止世代における子宮頸がん検診での細胞診異常は既に上昇していることが確認されている。今後このリスクを低減させるには、定期接種およびキャッチアップ接種を推進し、特に初年度である2022年度に出来るだけ高い接種率に到達することが重要である。

監修コメント

監修 上田 豊 先生のコメント

 2022年度からのHPVワクチンのキャッチアップ接種の開始によって、ワクチン停止世代の子宮頸がんリスクの上昇が低減できるかどうか検証したシミュレーション研究である。十分なリスク低減を図るには2022年度に90%程度の接種率が望まれるという絶望的な結果ではあるが、少しでもリスクを低減できるよう、我々医療従事者は適切な情報発信に努めていく必要があろう。

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