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Gynecologic Oncology today 創刊号

​第60回日本癌治療学会学術集会:婦人科がんトピックス

OWS11-7 これからの遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療体制を再考する ~慶應HBOCセンターの取り組み~

小林 佑介 先生(慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室)

更新日:2022年12月20日

 遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)診療では、主にPARP阻害薬の承認とその適応拡大やコンパニオン診断の普及、またそれに伴うHBOC診療の保険収載により診断機会が増加している。急増するHBOC患者のニーズに迅速に対応するとともに、関連腫瘍のサーベイランスや生殖関連の課題といったHBOC診療を通して浮上する広範囲な問題点を解決するには、リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)やリスク低減乳房切除術(RRM)の施設基準を満たすだけでは不十分である。そのため当院では産婦人科主導で、多角的かつ包括的な診療体制の構築を目指して慶應HBOCセンターを2021年4月に発足させた。
 

 同センターは、婦人科、乳腺外科、膵臓外科、腫瘍センター、臨床遺伝学、泌尿器科、および産科生殖班の7診療部門から構成される診療クラスターとして始動した。現在まで取り組んできた重要な取り組みには、HBOC診療データベースの確立と診療科間でのデータ共有や、サーベイランスの可視化と患者との共有、皮膚科と精神神経科の参画による包括的な診療体制構築、社会啓蒙活動などがある。
 

 診療症例数の増加に伴い、診療データの蓄積および共有が非常に重要と考えた。HBOC診療データベースをFileMakerで作成してPeer to Peer機能で共有することにより、各診療部門が症例毎に入力したデータを診療科間で共有できるようになった。
 

 サーベイランス方法は、婦人科、乳癌、前立腺癌、膵臓癌に対しガイドラインに則りながら院内で実施可能な方法を確立した。このプロセスを経たことで、他の診療科で施行しているサーベイランスの検査方法や検査間隔などが分かるようになるとともに、院内でのHBOCに対する認識度が高くなった。また、HBOCサーベイランス計画書を作成して運用している。これにより患者は、必要な検査の方法や検査間隔を把握することができ、自身のスケジュールを管理しやすくなっただけでなく、サーベイランスを受けていることへの強い認識が得られるようになり、患者教育の点からも意義がある。
 

 また、同センターを運用するなかで、メラノーマの管理やメンタルヘルスに対するフォローなどについて問題提議がなされたため、発足から半年後に皮膚科と精神神経科も参画することとなった。よって現在は9つの診療部門により運営しているが、さらに胆道癌や食道癌、胃癌に対するサーベイランスのコース(人間ドック)を設置することも最終調整に入っている。
 

 さらに院内診療だけでなく、情報発信や啓蒙活動も重要な責務と考え、2022年5月には市民公開講座を開催し、HBOCにおける予防や早期発見、リスク低減、遺伝学など広範囲な内容を発信した。400人余りが参加し、様々な意見やフィードバックが寄せられた。今後も定期的に開催する予定で、アーカイブとして配信していくことも検討している。
 

 以上のように、これからのHBOC診療はリスク低減手術を施行するためだけの診療体制から脱却し、患者のニーズに応える包括的かつ多角的な診療体制に移行していく必要があると考える。

監修コメント

監修 上田 豊 先生のコメント

 遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC)に関連したニーズは高まりつつあるが、これに関わる広範囲な問題点を解決するには多角的・包括的な診療体制の構築が必要であり、2021年4月に発足した慶應HBOCセンターの果たす役割が紹介された。診療科をまたぐデータベースの確立や、それに基づくサーベイランスの可視化などをいずれの施設でも図っていく必要がある。

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